流星群SSRカードイラストの魅力を語る

前回同様エントリーを書くつもりがなかったのに見てると書きたくなっちゃうジュリアの流星群。今回はS4Uカード編です。

レコード会社にロッカーとしてスカウトされたと思い込んで、上京してみたらアイドル事務所だったというのがジュリアがアイドルになったあらまし。本人は割とあっさり受け入れて今の境遇を楽しんでいる感じですけど、恐らく東京でロック歌手になると宣言して地元を離れていったであろうジュリアがアイドルとしてテレビに映ってたら、地元の皆は何を思うのか・・・という話題になることがあります。

Blooming Cloverでも扱われてた話題のはずですが、個人的には流星群MVでバッと映るジュリア後ろ姿と真っ赤に染まった観客席、あれで全て答えになってると思うんですよね。

アイドルでもありロッカーでもある今のジュリアだからこそ作り上げられた世界。仮に彼女が純粋なロッカーとして大成した世界があったとしてもコールとサイリウムで埋め尽くされたあの光景を目にすることはできなかったでしょう。故郷で彼女が語っていたであろうステージで輝く星、それ以上の存在に彼女はなったのです。

そういう物語が詰まりに詰まっているから流星群のMVは素晴らしい・・・と以前もこんな話をしてジュリアと観客席のスクリーンショット(上のやつ)を載せていたら

今回のSSRの左上に大型スクリーンに映し出されたバッチリ同じ構図のバックショットが。やっぱり運営ちゃんもこれがやりたかったんだねえ。


スキル名は”ココから未来まで”で、流星群の歌詞から取られていると同時に覚醒前と覚醒後のイラストが繋がっていたり、覚醒後のイラストのギターに過去の姿が映り込んでいる心憎い演出ですが、もう一つ、覚醒前イラストのバンドメンバー2人だけは顔がはっきり描かれている点にも注目したいところ。

Pにスカウトされた時点でバンドは既に解散してしまったことが本人から語られていますが、それでも彼女の心の中でいつまでも色あせない思い出のメンバーは彼と彼女なのでしょう。

原点だった地元のストリートライブからずっと繋がっていることが、ぱっと見で分かる部分と、よく見ると気づく部分の表裏一体で表されている、いやあ流星群ってほんと素晴らしい。

誰ソ彼の淵・限りなく致死量に近いビターエンド

注:ネタバレはないです

・・・いやね。

真っ先に思ったのは運営ちゃんに見事にしてやられたなあということ。こんなのMTGやMTWでやったら大炎上ですよ。あらかじめテーマを示して、我々が投票で配役を選んだ結果だからこそ出来たシナリオ、実に鮮やかな一発芸です。

なぜこんなに異様に刺さるのか?
以前イベントコミュの感想を書いた際に茜ちゃんが周囲の人々に対して感謝の言葉を述べるという体で、メタ的に自分を選出してくれたPたちに感謝を述べていることを指摘しました。

今になって思い返すとあれが酷く質の悪い布石で、ドラマでは逆にP=プレイヤーたちが「自分たちが彼女たちを島に送った」というメタ的な事情を踏まえたうえで泣き叫ぶ姿を見させられる形になっています。「えっ?これ俺のせいなの?」っていう罪悪感。だからこそ異様に刺さる。

手法としてはTCに参加したPたちへの内輪ノリの極地みたいなものなんで、外部の人にいきなりこのドラマ聴かせてもあんまりピンとこないだろうなとは思いつつもまあそれはそれ。全部のドラマを世間一般に向けてつくらなくちゃいけない決まりなんて無いですしね。

ちゃんと聞き込めばもう少し突っ込んだ感想も書けるかもしれませんがもう一度聞く気力が無いんで、とりあえず枠組みの部分だけ、今しか許されないこのタイミングでとんでもないものをぶっ込んできた運営ちゃんに賞賛を送らせていただきます。本人的にはとても思い入れのある初主演映画になったみたいですし、代わりに?イベントコミュはとてもいい話にまとまってましたし、戦った甲斐はありました。

個人的にはもっとカワイイ感じでも良かったのよと言いたいところではあるものの、そもそものルールが”孤島サスペンスホラー”だったしね。なによりもちゃきさんもこの台詞

女優・野々原茜、ひいてはミリオンライブ全体の幅を広げた点で欠かすことの出来ないマイルストーンとなったことは間違いありません。

1つあれば十分だけどな!

あゆあゆ、もっと格好良くてもいいのよ

今回の絶対的Performerコミュ、90年代のディスコで歩がダンスを披露して場内が大盛り上がりになるシーンがあります。

これを見て思い出したのが映画・バックトゥザフューチャーで過去に飛んだ主人公マーティがチャック・ベリーの楽曲をギター演奏したシーン。

見たことも聴いたこともないパフォーマンスに会場は熱狂状態、さらにはコピー元のはずのチャック・ベリーがその演奏を電話越しに聴いてインスピレーションを得るというオチまでつく名場面ですが、あれと同じようにアメリカ仕込みの歩が21世紀最新のパフォーマンスを90年代のステージで披露したら当時のダンスシーンの先端を行ってた連中はそらもう大変な騒ぎになったことでしょう。

このまま歩が現代に帰らなくなってしまうのではないかというのり子の心配は単なる取り越し苦労で終わったみたいな印象になってしまったものの、歩の会心のステージを見た感想としては決して大げさなものでは無かったのではないかと思います。


そういえばJerry Pop Beansの劇中劇でタイムスリップした先の生活に一番馴染んでいたのも歩でした。
あっちは台本上の話とはいえ、抜群の実力がありながら周囲のペースに巻き込まれてちぐはぐになることが多い反面、上に立つ立場になると頼もしい存在になるという点では一貫しています。

ワンカットのコミュでは子供番組に出演したら大人気になって上機嫌で帰ってくるものもあったりする歩、個人的にはああいう姿をもっと見てみたいですね。

ちなみに上の画像で奥に見えているのはレインボーブリッジ(主塔の右隣で明るく光っているのが東京タワー)
完成が1993年8月なので今回タイムスリップした90年代はそれ以降の話だったようです。

”百花は月下に散りぬるを”は散らなくては意味が無い

和ロック(和スカなのかな?)は大体ツボなので”百花は月下に散りぬるを”も、ライブ生放送で見て、お知らせで再度MVが流れた時にはボロボロ泣いていました。

ところで「え?題名で散るっていうの、なんか縁起悪くない?」みたいな話をちょっと見かけたので老婆心ながら説明させていただきます。

あれ、ベースはいろは歌です。いろはにほへとのあれです。

色は匂えど散りぬるを我が世誰ぞ常ならん
有為の奥山今日越えて浅き夢見じ酔いもせず

花は散ってしまって香りだけが残っている、この世に永遠は無いと知り、有象無象の迷いを越えた今の俺はもはや浅い夢や世相に酔うこともない・・・アートにしてロック! これにアイドルとして刹那の輝きを放つ姿を重ねたのが”百花は月下に散りぬるを”というわけです。

歌詞にもいろは歌のフレーズがちょいちょい引用されているほか、言の葉を戯るというフレーズもあり、題名も七・五のリズムかつ韻を踏んでいるなど単なる曲調にとどまらない”和”へのこだわり。また一つ名曲が増えてしまった。

わびさびの根底を貫くやがて散ると分かっているからこその美しさ、だからこそ題名は”散りぬるを”でないといかんのです。

Cherry Colored Loveの魅力を勝手な解釈で語る

イベントで叩いてたらCherry Colored Loveがやけに格好良く見えてきて、なんでこんな格好良いんだろうと色んな子の組み合わせでMV見てたら20回くらいリピートしていました。イベントやれよ。

そんで気付いたのはこの曲のダンス、デュオなのに二人で一つの形を作るモーションが全然無いんです。

普通はデュオって言うとこうだったり

こうだったりするわけじゃないですか。

それが今回のこの2人、終始全く触れ合わないどころかイントロで一瞬目を合わせるだけで目すら合わせない。このみさんが「私を愛して」って歌ったところでようやくパッパッと2回お互いの顔を見るところがあるんですが、なんか変な雰囲気です。

よく見ると鏡になるモーションは基本的に背中合わせばかりで、それ以外の2人が同じ動きをするモーションも当然1人が右を向けばもう1人も右を向く平行移動になるわけですから、お互いが体を向け合うシーンもありません。

初見で歌詞をなぞったときは格好付けた女性が強気に男を振り向かせようとする曲だと思っていたのに、ダンス表現を見ているとお互いを知り尽くした生涯のライバルである2人が美しく火花を散らすという、全く別の構図が浮かび上がってきます。

端から見るとバッチリ息が合ってるように見えるダンスですが、当の本人達からするとそれぞれ勝手に踊っていたものが1つのステージとして完成していた・・・といったところでしょうか。

また、今回のMVではカメラ目線が少ないことも特徴で、普段のMVならこっちを見そうなカットでも2人がこっちを見てくれることがあまりありません。

強気な女だから・・・ではなく、本人たちは男の方を見ているつもりなのに、すぐ後ろに立っているであろうもう一人の女のことがいつも気になってどこか上の空になってしまうというのを表現しているんだと思います。

そんな2人ですがあくまで大人なので面と向かって言い合うような幼稚な争い方はしません。男と視線を合わせる時ももう1人が目を瞑るか別の方向を見ている瞬間を狙って盗み見る感じで。この2人が交互にカメラの方を見るアピールがちょいちょい出てきて、小さな仕草の積み重ねでMV全体に異様な妖艶さを与えています。

もしかしたらあり得たかもしれない、あるいは2人の中にほんのわずかでも実際にあるのかもしれない感情を赤裸々に表現した点で、この曲は正にこのみさんと莉緒姉のためのものと言えます。

そんなアダルティな2人に及ばないものの、それ以外にも普段仲良さそうにしている子2人を並べて踊らせてみると・・・うーん、ゾクゾクしますねえ。ほんといい雰囲気のあるMVです。