オペラセリアの舞台とクリミア戦争&ナイチンゲール

ミリシタ劇中劇の中でも特に評価が高いオペラセリア・煌輝座。

本作のラストでは登場する4人の進路が簡単に述べられています。
アシュリーは士官学校を退学し故郷の家族の元へ、ハーヴェイは医師を目指し新たに学校へ入学し直し、オスカーは近衛師団への入隊が決まり、アリエルは引きつづき士官学校で学年を重ねることになったとのこと。

まめちしきの項でも触れましたが、この物語は年代や地域が推察できる情報が作中に登場しており、まとめ合わせると舞台は1840年代後半のイギリスであると推定できます。

当時産業革命をいち早く達成したイギリスは各地に鉄道網を敷設する計画が持ち上がり資本家の投資熱が加速。しかしいわゆるバブル状態となった投資市場は、飢饉などの要因も重なって歪みに耐えきれなくなり間もなく崩壊。多くの破産者を生み出しました。

アシュリーの父親もその一人で、作中では騙されて財産を奪われたことになっているものの、斜に構えがちな筆者からすると単に世情に疎くて投資に失敗しただけなのでは?と思わないでもなく・・・。

そんな国内事情を抱えつつも当時ゴリゴリの帝国主義だったイギリスは、不凍港を求め南下政策を採るロシアとクリミア半島を巡り衝突します。これがクリミア戦争(1853年~1856年)で、イギリスは最終的に勝利を掴んだものの派遣した11万人のうち死傷者4万人という大損害を被りました。

オスカーと恐らく彼を追ったであろうアリエルは共に近衛師団に所属していたはず。貴族将校は7年程度の前線勤務を義務づけられていたと言いますから、物語直後に軍に入ったオスカーでもクリミア戦争開戦頃にはまだ義務期間の途中。繰り返した留年が自身の軍歴を大きく変えた可能性もありますね。

ファンタジーなどに慣れている我々の感覚では「近衛師団」と聞くと女王陛下の周囲をどっしりと取り囲んでいる部隊のイメージを抱きがちです。しかしノブレス・オブリージュの精神が強いイギリスは当時も今も貴族将校が最前線で戦うのが当たり前で、現実の例でもチャールズ現国王の次男・ヘンリー王子が近衛騎兵連隊所属のヘリパイロットとしてアフガニスタンでタリバン掃討作戦に参加していたことが明らかになっています。

クリミア戦争においても近衛兵は現地へ派兵され、その数は3連隊で合計約3000名にのぼったとのこと。うち死傷者数は約2100名だそうですから全滅判定を遙かに超えた大損害を被っていることになります。内訳は戦闘による損害が400名超でそれ以外はコレラやチフスといった感染症によるものでした。20世紀に入るまで戦争において感染症による死者が戦闘での死者を上回るのは当たり前のことだったんですけど、それを差し引いてもかなりの割合です。

感染者の溢れる野戦病院というもうひとつの最前線の惨状を目の当たりにし、兵士たちの処遇改善に奔走してクリミアの天使とも謳われたのがフローレンス・ナイチンゲール。良家に生まれ一級の高等教育を受けた後に看護師を志しドイツの看護学校で学び帰国した彼女は軍に請われてクリミア戦争に看護師として従軍し、同地で衛生環境管理や精神的ケアの導入、統計学を用いた病因の特定と対応など革新的な取り組みを次々に行って大きな成果を挙げました。戦後も精力的に活動を続けた彼女の足跡は発展的に纏め上げられ、のち現代にまで至る福祉・医療制度の礎となってゆきます。

冒頭で述べたとおりイギリスは戦争目的を達成し最終的にクリミア戦争に勝利します。勝因が高度に発達した鉄道網による物流に支えられた産業革命にあったことは後の歴史家の多くが指摘するところ。一方ヴィクトリア女王は傷だらけで帰国した近衛兵たちの姿に強いショックを受けたという記録が残されており、これが後にナイチンゲールの活動を後押しする動機になったであろうことは想像に難くありません。

ところでハーヴェイと同じくヴィクトリア時代のイギリス軍に軍医として所属していた著名な人物にジョン・H・ワトスンという人物がいます。単に「ワトスンくん」と表記した方がピンとくる人が多いかもしれません、そう、名探偵シャーロック・ホームズの相方ですね。

彼はクリミア戦争から25年ほど後の第二次アフガン戦争に従軍し1880年に重傷を負って帰国、ロンドンで住まいを探していた際にホームズと出会ったところから最初の物語『緋色の研究』は始まります。彼の師にあたる人物としてハーヴェイという名の老軍医がいたという設定はー・・・残念ながら見つかりませんでした。

とまあこんな感じで、この頃ようやくまともに使えるようになってきたAIに「あれはなに?これはどうして?」と聞きまくってみたら案外面白い話になりそうな知識が集まったわというのをきっかけにコラムをまとめてみました。

表向きラブロマンスのオペラセリア・煌輝座の物語の各所に、この物語の数年後に起きる英国の暗い出来事を暗示する設定が盛り込まれているのはとても興味深く、こうした歴史の裏付けが物語の雰囲気に重厚感とどこか切なさのある刹那の輝きを与えているのではないでしょうか。

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オペラセリアの舞台とクリミア戦争&ナイチンゲール への2件のフィードバック

  1. ごろん太P のコメント:

    いつも楽しく記事を拝見しております。
    この前の生配信の記事を読み、クリミア戦争について気になっていたので、こうしてまとめていただけて、物語に対する理解が深まりました。
    オペラセリアの登場人物たちが、抗えない歴史の流れに揉まれるのを考えると、胸が痛みますね。それと同時に、『今』しかない青春のきらめきを心の底から楽しんでくれとも思います。素敵な記事をありがとうございました。

    • Tobi のコメント:

      コメントありがとうございます。
      実は結構前に大体書き上がってたんですけど、史実ネタは裏取りが大変なのと単純に「長いわ!」ってなって前回の記事の部分だけ抜粋してボツにしようかとも思っていたネタでした。繰り返しになってしまった部分がフックになるとは思いもよらず、反響をいただけてとてもうれしいです。

      オペラセリアは文芸のリサーチがよほどしっかりしているのか後付けで設定が増えるたび歴史とリンクする部分が垣間見えて物語の厚みが増してゆくのが素晴らしく、またその後の歴史を知ると見え方が大きく変わる時代設定になっているのが魅力ですよね。

      今後ともよろしくお願いします。

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