ミリシタPが語る「壱百満天原サロメのミリシタ生配信の何が凄かったのか?」

「VTuberは全く分からん」とおっさんフレーバー全開なことを言っちゃう筆者でもこの人のことは知ってる。自分の胃カメラ配信してた人だ!というわけで、以前からその人となりが少し気になっていた壱百満天原サロメさんの配信を見ました。

感想。
すげえ。

初手ミリ女ファイトから入り、勝手に作ったキャラクター相関図公開しだした時点でただ事じゃない感が漂っていましたけど、いざゲームをプレイし始めると練られた構成とゲームの魅力を最大限伝えるための細やかな配慮がそこかしこに伺え、本当に驚きました。


例えば曲を選択していたシーン。
普通のプレイヤーは高速スクロールでばーっと探してしてしまうことが多く、このジャケット一覧画面は開くこと自体あまりありません。しかしミリシタにおいてはこのジャケットも魅力の一つ。モードを切り替えて多くのジャケットを画面に映すことで、視聴者への訴えかけをより強くしようという工夫が感じられます。

どの曲にしようかと悩んでいるときも一つの曲を選んだら一言しゃべりながらワンフレーズ聴かせたうえで次の曲に進んだり、アイドル選択画面や衣装選択画面を開けばひとまず一番上から一番下までスクロールさせて「こんなにたくさんの中から選べるんだよ」というのを言外にアピールしたり、一つひとつの仕草が実に丁寧なんですよね。

他にも入念な仕込みを伺わせたのが「ミリ女ファイト」やって、「月曜日のクリームソーダ」やって、「花盛りWeekend」やってっていう一連の流れ。

先日のファミ通アンケート記事では「ミリ女ファイト」がミニゲーム人気1位、「月曜日のクリームソーダ」がジャケット人気2位、そして「花盛りWeekend」はミリシタを代表する鉄板人気曲です。

偶然でこんな綺麗なルートになったとは考えにくく相当調べ上げたうえでの進行でしょう。ミリシタの裏の代表曲である「クルリウタ」のジャケットを開いたときにコメントがものすごい勢いで流れていったのすらあらかじめ狙っていたのかもしれません。

もはや手品でも見ているような圧巻のプレゼンテーションで「サロメPと千鶴さんが一緒に高笑いしてれば多分それだけで面白い」と思って見始めた自分は目を白黒させるばかり。

よほど手慣れているのかと思ったのに、聞けば企業案件はデビュー以来まだ1件しかやったことがなくミリシタが2件目だそうじゃないですか。ええ、なんかもう色々スペック高過ぎですやん・・・。

告知の際には「初代のアイドルは知っているぐらいのわたくしですが」と言っておられましたが、亜美真美の顔を見て団結を口ずさんだり、ガシャでASを引き当てるたびに一人ずつ名前を呼んだり、”待ち受けプリンス”に反応したり、知っている・・・っていうかアニマスあたりのことは普通に詳しいでしょあなた、とPへのサービスも満点で本当に楽しい1時間でした。

終わってみればミリシタの周りの空気感すら変わったような・・・。
ありがとうサロメP。あんたマジで、ほんとすげえわ。

てなわけで、今回は自称そこそこガチなミリシタプレイヤーが語る「壱百満天原サロメのミリシタ生配信の何が凄かったのか?」簡単ではございますが、解説記事でした。僭越ながら本記事がミリシタPならびにサロメイトの皆さまの理解の一助となれば幸いです。

またやってほしい。心から。

“あめにうたおう♪”のステージが愛に溢れていて素晴らしかった話

メインコミュソロ3曲目のトップバッターは可奈の”あめにうたおう♪”でした。

ところで今回のMVで使われたステージ、「このデザインどっかで見覚えがあるような・・・」って声をちらほら見かけました。


たぶんアニマスの特装版Blu-rayについてたG4Uの撮影用背景がモデルだと思います。後にシャイニーフェスタ・シャイニーTVでプリレンダMVのステージになったことはあったけど他に使われたことはなかったはず。G4Uで登場してからもう10年以上経ってんのね・・・。


もうひとつ「おっ!」と思ったのが雨に街灯。


雨に街灯と言えばミュージカル映画の不朽の名作”雨に唄えば”じゃないですか!
自分大好きなんですよ、なんならDVDも持ってます。こういう記号をさりげなく仕込むところがにくい。

ミリシタのこういう過去作への愛とリスペクトにあふれてるとこほんと大好きです。

LOVE is GAME 儚さが映し出すもの

ミリシタのやよいの笑顔が好きです。

やよいがタレ目ってこれまでの媒体だとあまりそういう印象が無いんですが、ミリシタのやよいは他の子と比べてもタレ目がちになっていて、これがやよいの笑顔をとても柔らかくしています。

身も蓋もなく言ってしまうとやよいの表情が変わったのは3Dモデルが変わったせい。
ただ、ミリシタのASはアイドルとしてはそれなりに成功している先輩であることを踏まえて深読みすると、やよいの笑顔が「柔らかくなった」ことに深い感動を感じずにはいられません。

これまでの作品ではやよいがアイドルとして成功しても、次回作になると再び貧乏に逆戻りしてしまうジレンマがありました。時代が下るにつれ若干そのあたりの表現が緩やかになり、高校に行くか行かないかなど少し話題が変わって生活レベルが改善した様子も見られますが、やはり高槻家の家計は厳しそうに見えます。

今までずっと向き合わざるを得なかった金銭的な心配から解放されたとき、やよいはどこがどう変わるのか?という疑問。公式からその明確な答えを得られる機会は恐らく無いだろうと思っていました。

・・・ミリシタが始まるまでは。

ミリシタはアイドルとしてひとまず成功したやよいの姿を極めて長い期間見守っていられるという、これまでの作品群と比べても珍しい立ち位置の作品です。

メインコミュ第15話で既に売れっ子になっている彼女が伊織と共に劇場に現れ、そのテキパキとした立ち振る舞いは後輩たちが呆気にとられるほど。また何をするにもその場にいない家族に遠慮してしまい自分のための買い物をしているところなど見たことなかった彼女が、”LOVE is GAME”イベントコミュ中では乙女ゲームにハマりキャラグッズまで買っています。

やよいを演じる仁後真耶子さんは昔「やよいはもっとしっかりした子だったのが自分が演じているうちにふわふわした雰囲気の子になってしまった」と少し申し訳なさそうに語っていました。

ただ、結果としてではありますが「しっかりしなくちゃいけない」と常に思わなくてはならないような環境で育った子が、自らの手で成功を掴み取った末にようやく本来のふわふわした雰囲気を取り戻したと捉えると、この変化すら必要であり必然だったもののように見えてきます。

このSSRカードを最初に見たとき「あれ?やよいってこういう顔したっけ?」と一瞬違和感を感じたのち、すぐ「ああ、この子は本来こういう表情をする子だったのか」と考えを改めて以来、ミリシタでやよいの笑顔を見るのがより一層楽しくなりました。やっと、やっとここまで連れてくることができた。俺もその手助けのほんの一部くらいには貢献できた・・・のか・・・な?

10年以上ものあいだ付き合ってきたやよいの今まで見たことのない姿に覚える自分の感情が、もうプロデューサーというより父親か何かのようなものになりつつあるのが未だに自分の中で整頓できないんですけど、まあそれはそれ。

なんてメタ的な視点からやよいとのこれまでの歩みを振り返っていました。きっかけはアイドル達がゲームのキャラになりきってその気持ちを歌う”LOVE is GAME”。

「ゲームキャラであるアイドルにこのテーマを歌わせてしまうのはギリギリでは?」なんて指摘もありましたが、普段敢えて見ないようにしている第四の壁を意識させることで逆にプレイヤーとアイドルの関係性を見つめ直させるという点で結構画期的な曲だったように思えます。

画面のこっち側から一方的に見守っていたつもりだったのが、実際にはアイドルもこっちを見ていたという歌詞、

それにこのカットのやよいの表情の変化。ここの一連の表情に上述した”アイドルマスターのやよい”の歴史が詰まっている気がして、前にも書いたけどティザーMV見ただけで泣きましたね。

本曲の作詞作曲にヒゲドライバー氏が起用されているのも恐らくは意図してのもの。氏の得意とするチップチューンの曲調、歌詞、そしてニコマスあるいはMAD全盛期にヒゲドライバー名義の曲が溢れかえっていたことを知るPには、その名前自体すらもが自らとアイドルの歩みを思い出させる鍵になります。

電源を切れば、コンテンツが閉じれば、そのキャラクターたちの新しい姿を見ることは叶わなくなってしまいます。たまに思うんですよ、そんな儚い夢を途切れることなくもう15年も見続けていられるのってものすごく素敵なことだなってね。

これからも末永くこの儚い夢が続きますように。

朗読劇Clover’s Cry感想戦

有料配信部分だからあまり細かく記述するわけにもいかないし、アーカイブ期間終わっちゃったら今のところ見返す手段もないしでちょっとあれなんですけど朗読劇・Clover’s Cryに関する話を少々。

今回の焦点は『鳥』の一族って結局誰のことだったん?ってところなんですが、主要人物5名の中に『鳥』が含まれているのなら冒頭の寓話で語られた「村の中でだけ『魚』の姿に見えます」というところから消去法で答えが導ける可能性があります。『鳥』は村の外に出られないのなら劇中で村の外に出た人を一人ずつ外していきましょう。

ヘルミ先生は外からやってきた人なので真っ先に除外。

ヨハンナは朗読劇中で「村長と一緒に麓へ行っている」と語られていたため除外。ヨハンナとリンネアは双子なのでリンネアも除外。

アウロラはー・・・ヘルミ先生を処断したときの場所が村の外なのかいまいちはっきりしないんですよね。そもそもこの子素性が『神』なのか『村人』なのかもはっきりせず、ロコがスケッチした対象も「あの子たち(エマとアウロラ)」と不確定要因の塊です。

エマとアウロラ、どっちかがあのシュマゴラスみたいな奴らしいんですけど、アウロラが残っちゃうと後はどうとでも解釈できちゃうんだよなあ・・・というわけで結論はよく分かりませんでした。

以下は筆者の妄想強めの展開。
この物語における最も超常的で理不尽な存在は『神』。ならば残酷性を持ちおぞましい姿の『鳥』は『神』を指すのではないかと誰しもが考えるところ。

ただ『神』=『鳥』だと仮定すると、本編で語られた村人たちの境遇―――罪のために隠れて生きている話と設定が丸かぶりになってしまいます。村人の姿を隠してくれた『神』がいて、それとは別に『神』の姿を変えてくれた存在がいることになってしまう。ただ話がややこしくなるだけです。

また、朗読劇中でロコが『鳥』と『魚』の姿に興味を持った際にリンネアが「それなら廃教会に・・・」と言いかけているところから廃教会に『鳥』と『魚』の絵があるらしいことが分かるんですけど、『鳥』と『魚』の話が『神』のエピソードであるなら村人が『神』と接触する前に前に建てられたであろう廃教会に『鳥』と『魚』の絵があるのも変な話です(後から描き加えたって可能性はありますが・・・)。

個人的には村長一族だけが『魚』の一族の生き残りで、残りの村人が全員『鳥』、アウロラも元々村人で本性は『鳥』、ロコが描いたのはアウロラなのが一番面白いオチかなと。

ヨハンナとリンネアが窓をしきりに恐れるのは窓に写った村人の本当の姿を見てしまったから。リンネアが最終的に村人を皆殺しにしたのも彼らの正体を知ってしまったための暴走。

色々辻褄は合う気がするんですけどね。まあ状況証拠だけの推測・・・ということで。

最後に感想。
MVに出てくるうねうねしたのは木の根っこで、『神』の正体は金枝篇などで言及されるヨーロッパ的感覚で森や木を神に見立てた存在なのかなと勝手に思ってたんですが、今回うねうねの正体がより具体的に描かれクトゥルフ神話色が濃くなったのは少し意外でした。一部で寄せつつ敢えて外してるのかなと思っていたので。

あとね、アウロラね、相変わらず可愛いですよね。
本編でもヨハンナの施しやザクロの実の差し入れに演技とは思えない食いつきを示していましたが、今回もインスタントスープをもらえると聞いて声を漏らしています。なんか毎回食べ物に対する反応が抜群に良いですねこの子。このへんの人間くささがアウロラの本質は村人側なんじゃないかなと考えるようになった理由です。

アーカイブ期間が終わってしまってこれ以上話が広げられないのが残念です。出来ればシーズン生放送をまとめた映像媒体か何かで後日リリースしてもらいたいところ。ちくわ大明神も一緒にね!

フシギトラベラーは最高のキャラソン

8thライブアーカイブでTRICK&TREATのフシギトラベラーを見ていて、改めて最高のキャラソンだなあと感じ入っておりました。

バイタリティに溢れ自身のセンター公演と学校の文化祭実行委員長のスケジュールを平行して成功に導き、身近に新しいファンまで獲得してPを唸らせる茜ちゃんと、彼女に勝るとも劣らないポテンシャルで個性派765プロのフリーダム筆頭に君臨する麗花さん。

あの2人なら例え誰かに恋をしたとしても、それだけには飽き足らず片手間に世界中どころか宇宙までフシギ探しの旅くらい行ってきそうな勢いがあります。

麗花さんは母親がオペラ歌手で父親はそのマネージャーであることが明かされています。この構図自体アイドルとPの関係に近いものです。父親は”普通”、そしてPのことも”普通で素敵”と言っており、他方同僚に褒め言葉として”普通”を使うことはあまりありません。言い回しが独特なのであまり目立ちませんが、自分とPを両親になぞらえて非常に意識しているようです。

彼女が同僚に連発するのは無茶ぶりです。ただそれも人を見て加減しているようで彼女が真の奔放さを発揮する相手は茜ちゃんの他、ジュリアや歩などいずれも頭一つ抜けた実力を持った子ばかり。「この人相手なら全力で好きな放題やっても大丈夫」という彼女なりの甘え方なのが分かります。

これらを考え合わせるとアウトプットが独特ではあるものの、彼女は周囲への気遣いがきっちりできる子です。ただ、あまりにエンジンが強力すぎて多少抑えた程度では道路の方がついてこられない、そういう意味ではアイドルになるまでの彼女は結構苦労があったんだろうなと思います。

一方の茜ちゃん。
彼女はアイドルになりたての頃のメモリアルコミュで自分の境遇を「チュートリアルくらい簡単」と表現していたのが個人的に強く印象に残っています。

この台詞について本人はあまり意識していなかったようですが、勉強もスポーツも出来て愛嬌抜群の彼女にとって”ここまでの人生が簡単すぎた”というのは恐らく本当でしょう。

現実だと子供の頃に『神童』なんて言われてた子でも大抵は彼女くらいの歳までにもっとすごい子に出会うなりして、そこから社会との折り合いをつけるようになったりするもんなんですけど、殊彼女に関しては担当という贔屓目を抜きにしてもあのまま割とどこででも通用してしまいそうだなと思えてしまうだけのポテンシャルがあります。

人生がチュートリアルみたい。
そんなちょろい生き方、俺もしてみたいわと思う反面、実際に置かれた立場で考えてみるとそれはそれで結構怖い気もします。チュートリアルだけで終わるゲームなんて、そんなもんわざわざやる意味あるか?って話ですよ。

アイドルになる以前は有り余るポテンシャルが逆に自分の立ち位置を窮屈にしていた点で麗花さんと茜ちゃんは似たもの同士です。才能に恵まれたがゆえの一般社会での生きづらさをお互いに理解している者同士だからこその信頼感。そこから生まれる手加減無用の圧倒的なパフォーマンス。これがトリトリの魅力。

彼女たちがようやく見つけたトップアイドルという目標は、実力だけでなく圧倒的な運にも恵まれなければたどり着けない遙か遠い存在です。

それでも目標に向かって全力で走れること、それ自体が今の彼女たちにとっては楽しくてたまらないはず。人類が頭を悩ませる世界中のフシギも2人の前では駆け上がる階段の1ステップに過ぎません。そうやって駆け抜けていく彼女たちの姿を「あいつら本当に楽しそうだなあ」と眺めていられるのがフシギトラベラーなのです。

これだと「あれ?じゃあ俺もあの子達からしたら単なる階段の1ステップってこと?」ってなってしまいそうですが、重要なのは「結局のところ言葉に勝つのは笑顔とピースサイン」という歌詞。

彼女たちの圧倒的なポテンシャルを持ってしても、並べ立てられた難解な科学理論を持ってしても、結局のところ笑顔とピースサインに勝るものは無いんです。この話、最新の宇宙理論を映像化しながら最終的に愛が人類を救ったっていう映画・インターステラーにそっくりですよね。

インターステラーと同じテーマを765プロの個性派アイドル2人がこんなにも明るく楽しそうにとにかく全力で歌う、正に彼女たちの曲。フシギトラベラーは最高のキャラソンです。