Charlotte・CharlotteCDドラマについての一考察

特に何の脈絡もなくCharlotte・CharlotteのCDドラマの話。

CDをお持ちでない方もアプリ内でダイジェスト版が聴けるようになっているので、もし興味が沸いたら一度聞いていただければ幸いです。[劇場]→[ユニット・グループ紹介]→[CDシリーズ]→[ユニット]→[ドラマタブ]→[ドラマ視聴]で再生できます。

全体的におとぎ話のような体裁だったこともあり、当初はエミリーや亜美真美同様「不思議なお話だったねー」くらいの感想しか出て来なかったこの物語。ただその中で異様に印象に残ったのが、劇中劇のラストでシャーロットの言った「お母様の顔は思い出せた?」という台詞です。

あれはどういう意味だったのかが、ずっと気になっていました。

このドラマはおとぎ話的なテンプレート・いわゆる「主人公の女の子と亡くなってしまった優しいお母様と意地悪な継母」という構図をベースにしつつ、「そうは言ってもアイマスは基本的にやさしい世界だから継母にもそれなりの考えがあるいい人なんでしょ?」っていう暗黙の了解が根底にあります。

根底にあるんだけど、何かがおかしい。
わずかな違和感の原因を「お母様の顔は思い出せた?」っていう台詞からたぐっていくと「えっ、何これめっちゃ面白いやん!」となれたんですけど、ちょっと分かりづらいところあるよねってことで、本日もまた大いに語らせていただこうと思います。



シャーロットは何者だったのか?
大前提としてあの存在の正体は何だったのか?というところから考えてみます。

注目したいのはシャルロットがシャーロットとの会話中にお父様が帰ってくると告げられたシーンです。
フライディからその事実を聞きシャルロットの注意が逸れた瞬間、シャーロットは完全に無視される形になり一言の台詞も無くそのままシーンが切り替わりました。

ここからシャーロットはシャルロットが明確な意思を持って見て(look)いないと認知されない存在で、無意識のうちに見えている(see)存在ではないことが分かり、この特性からかの者がシャルロット自身の中から生まれた存在・イマジナリーフレンドを起源としていると判断できます。

もっと踏み込んで見てみると、シャーロットがシャルロットと同性の”双子”であることもイマジナリーフレンド説を補強します。イマジナリーフレンドには設定付けが必要ですが、友達もおらずごく狭い世界の中で育ってきたシャルロットのネタの引き出しはそう多くありません。


何か元ネタになりそうなものはないかと周囲に目を向けてみると・・・ウェンズディとフライディという実におあつらえ向きの関係性を持った少女たちがいるわけですね。シャルロットがシャーロットの原型を作り上げる過程で彼女たちをモデルにしたであろうことは想像に難くありません。



ではシャーロットはイマジナリーフレンドだったのか?
つまりシャーロットはシャルロットが作り出したイマジナリーフレンドなんです!と言って良いかといいますと・・・たぶん違います。(なんだよ!)

上述のとおり、シャルロットは一言で言ってしまえばかなり世間知らずな子なんですが、対してシャーロットは出会い頭に自らの名前をフランス語読みに変えることを提案するなど知識があり機転も利くうえ、物語終盤ではすずらんの毒のトリックでシャルロットを嵌めてすらいるなど、明らかにシャルロットの意識の枠外で行動しているシーンがあり、純粋にシャルロットの空想から生まれたとは言いがたい言動をしています。


これら事実をまとめ合わせるとシャーロットはシャルロットが生み出したイマジナリーフレンドという器に何者かの思念が入り込んだものだったのではないかと推察できます。まあ”何者か”ってもったいぶっても仕方なく、常識的に考えたら正体はお母様以外無いんですけど。



シャルロットの人格をお母様とすることの不都合とその解答
「それならイマジナリーフレンドの設定はカットして純粋にシャーロット=お母様設定にすれば良かったんでは?」と言いたくなってしまいますが、まあメタ的な都合、クライマックスの展開に関わる部分なんでそこはちょっと置かせてください。

とりあえずシャーロットの人格部分はお母様だと仮定するとすると、ここで新たな疑問が浮かびます。

シャーロットの言葉はお母様が紡いでいた・・・にしては病弱なシャルロットを一人でピクニックに行くようそそのかしたり、上述のとおりすずらんの毒のトリックでシャルロットを嵌めてみたりと、「母親が実の娘にこんなことするだろうか?」と思ってしまうような行為を一度ならず行っていて、ちょっとこの線も怪しく感じられてきてしまいます。

「じゃああれは誰の意思だったんだ?」とここで年単位で考えあぐねました。そしてたどり着いた結論。

お母様はシャルロットが思い出話で語るような慈愛に満ち溢れた優しい人物ではなく、むしろ苛烈な性格の片鱗がそこかしこに覗くような性格だったのではないでしょうか。



目的のためには手段を選ばない系お母様
この仮定で行くと全てがすんなり説明できる気がするんですよね。
おとぎ話のような雰囲気自体が「お母様はひたすら優しく暖かい方だった」と受け手に無意識に思い込ませるためのミスリードなんです。

この説、よく訓練されたミリシタPほど「あー、またそういう感じのやつね」とすんなり受け入れられるかもしれません。自分もこの考えに至ったとき自分の頭ミリオンの進行を感じました。

話を戻しまして、上述のシャルロットの問題行動について最終的な結果を見てみますと、秘密のピクニックに出掛けたあと手厳しい叱責を受けたシャルロットでしたが、思いがけない行動を目の当たりにした両親は娘の自立心の芽生えと体力面での成長を感じ取り、かねてより考えていた寄宿学校への入学をここで決断したようにも見えます。

すずらんの毒のトリックもどぎついやり方ではありましたが、継母の命を引き換えにしてでも今の生活が続くことを望むのか、それとも変化を受け入れて家を出て行くのか、シャルロット自身に究極の二択を迫ったといえ、一連の出来事を終えネタばらしされたシャルロットは吹っ切れたように寄宿学校へ行くことを受け入れています。

やり方が正しかったのかというと首を90度くらい捻らざるを得ない手段ではあるものの、いずれも長い目で見れば彼女の成長に繋がる結果になっています。娘の幸せを願った末の行動だったとして、そこに愛があったのか無かったのかというと・・・うーん・・・あるんだよなあ・・・。



最後の問いの意味
柔らかい物腰のところどころにエグみが覗くお母様は、娘の生み出した概念に憑依し彼女を導いてゆきます。しかし彼女の最終的な望みは娘が自分との思い出を断ち切って自立することであり、それはすなわち器としてのイマジナリーフレンドと共に自分が消え去ることも意味します。別れの時は近づいていました。

本来イマジナリーフレンドなんてものは環境の変化や時の経過と共に自然にフェードアウトしていくものなんですが、目的地までは常に直進行軍のお母様はそんなまどろっこしい流れを許さず、愛に溢れた最後の容赦ない一手を打ちます。それが消え去り際に「お母様の顔は思い出せた?」と問いかけることでした。

物語中盤にシャルロットは幼い頃に見た実の母の顔が既に思い出せなくなりつつあるとシャーロットに話していました。シャーロットに話したということはシャーロットの中にいる母である存在も”もう娘が自分の顔を思い出せない”と承知しているはずなのに、わざわざ最後の最後で「お母様の顔は思い出せた?」と問いかけたのです。

お母様の性格を察する前の自分はそう思ったし、他の多くの人も恐らくはあれが「本当は私が貴方のお母さんなのよ」という告白の言葉だと思ったでしょう。でも違います。

あれね、シャルロットは実の母親の顔をもう本当に全然覚えてないんですよ。あそこで突然ネタばらし的なことを言われてもハッと気づくことすらできないんです。あそこでシャルロットがシャーロット=お母様だと気づけていたら最後の呼びかけは「お母様!」になるはずで「シャーロット!」にはならないんです。

こうやってはっきり言われてもまだ嘘か本当か分からないんでしょ? あなたが大切に握りしめていたつもりの思い出は、もうとっくに手の中から消えて無くなってしまったんだよと突き放すことで、母は娘に自分が亡くなってからここまでの生活へのピリオドを打たせました。

最後の仕上げに残酷ともいえる現実を突きつけることで、シャルロット自身の手で幕を下ろさせ自らは消えてゆく、ここのバックに”ミラージュ・ミラー”が流れてるのがいいんですよねえ! シャルロットが”だってあなたはプリンセス”だった時代は今ここに終わったのです。

とはいえ、あの場でシャーロットが「お母様の顔は思い出せた?」と問いかけたことについて、シャルロットは完全に混乱しており意図を察せていません。彼女があの問いかけの意味と母の愛を悟るのはきっとまだずっと先、彼女が一人前の大人になったときのことでしょう。でもそれでいいんです。あの問いへの答えとなるもののヒントを探し考えながら生きていく。それが大人になってゆくということなのですから。



そして現実、まつりがまつりであるからこそのエピローグ
劇中劇終了後、亜美真美とエミリーは「不思議なお話だったねー」とふんわりした感想を述べていました。

まだ幼く、愛情のある家庭で育てられたであろう彼女たちには、娘に向かって実の母親が時としてその心身すら害する手段でもって接することがある、そうやって現される愛もある・・・という発想自体ないため、登場人物の言動が理解できないんですね。彼女たちはまだ”だってあなたはプリンセス”ですから。

人は大人になるにつれ、優しさだけでは全ての問題が解決できないことを学んでいきます。
しかしまだもう少しだけ、エミリーには純真無垢なお姫様のままでいてもらいたい。そんな大人目線の優しさと願望が「今のエミリーちゃんはそれでいいのです。急がなくてもいいのです。」とまつりに言わせたのでしょう。

そしてまたこの台詞によって、Pたちもまたさっきまでエミリーの双子役だったまつりが、実際にはずっとお姉さんだったことを思い出します。ここでようやく”夢物語”が、”現実”に戻って終わる。もうひとつの鮮やかな幕切れ。

余韻、いいですよねえ。
まつりの豊かな人間性が、ビターな物語に輝きを添えて終わる佳作ドラマでした。

野々原茜の台詞回しはなぜ独特なのか?

以前茜ちゃんの魅力を語り合う流れになっていたとき「茜ちゃん特有の言い回しが好き」と言っている人がいて

と思った話。
どこから目線なんだお前は。

茜ちゃんは会話中に独特で印象的な言い回しをすることがあります。

以前も触れたことがあるSSRカードのこの台詞もその一つ。
「ずーっと、茜ちゃんのこと、好きでいてね☆」は茜ちゃんならではといっていい台詞であり、何故こういう言い方になったのかの背景を考えていってみると彼女の思考も見えてきます。

この場面の前提として「お疲れさま~」という台詞と本人は汗まみれなところから、カード覚醒前と後は時系列が逆になっている(覚醒後イラストの写真を撮った後、着替える間もなく共演した子たちにサイン入り茜ちゃん人形をプレゼントしているのが覚醒前イラスト)ことが分かります。

 

「お疲れさま~」と共演した子どもたちに声を掛ける茜ちゃん。キッズ相手でも同じ高さの目線から接するのは、サインの時にわざわざしゃがみ込んで応対する精神と通じるもので、子供相手にもサービスに余念が無いのはこれ以外のコミュでも語られています。

そこで彼女はまだ幼いファンたちに向かって「ずーっと、茜ちゃんのこと、好きでいてね☆」と言います。普通だったら「いつもありがとう」的なことを言いそうなもんですけど、ちょっと独特のワードチョイスですよね。

ここで筆者が以前聞いたとある芸人さんの話をします。
その方は自らのお弟子さんに「仕事場では公演主に”ありがとうございました”と言うな」と教えられていたそうで、なんでかというと「ありがとうございました」は今この瞬間までに対する感謝の言葉。捉え方によっては「これで手打ち」の印象を与えてしまうため、お礼を言うときは「これからもよろしくお願いします」という気持ちを込めて「ありがとうございます」と言いなさい・・・とおっしゃっていたそうです。なるほどなーと思った話。

この話を踏まえてもう一度上記カードの台詞を見てみますと、茜ちゃんはもはや「ありがとうございます」すら言っていません。彼女からのありがとうは即席のサイン会が始まった時点で言葉から行為に変わって相手に伝えているため、もう口にしなくてもよくなってしまっているからです。

とはいえ喜びと感謝の気持ち自体は別の言葉で述べており、「将来有望だよ!」は茜ちゃんがこれからもアイドルを続けていく前提で彼らの期待に応え続ける決意の表れを端的に言い表しています。さらにここに「ずーっと、茜ちゃんのこと、好きでいてね☆」と言葉を添えることで、今日の思い出は「ありがとうございました」ではなく「ありがとうございます」の意味であることを強調しているわけですね。


先の先まで考えて行動している・・・かどうかは定かではないものの、将来について彼女なりに明確なビジョンがあること、状況に応じて反射的に言動を変化させられる頭の回転の速さ、教科書レベルのネタや約半世紀前の映画から最近のサブカルネタまで口走る博覧強記さといった、強烈無比な個性ひとつひとつが彼女の台詞回しの源泉になっています。

事例その2。

これも味のある言い回しです。
「最高のステージを見せてあげる」とか「Pちゃん喜ぶ顔が見える」なんてレベルを飛び越えて「よこせー!」です。

これからステージで最高のパフォーマンスを披露するのは当然、Pちゃんが笑顔になるのも当然、前提を2段飛ばしにして、なおかつ茜ちゃん自身Pちゃんの喜ぶ笑顔をみたくて堪らないという気持ちが爆発寸前。だから「よこせー!」になる。抜群のワードセンスです。

元々の素養に加えて、生来の明るさと押しの強さ故、話したい言葉が次々に頭に浮かんできてしまって口が回りきらない、その解決策として身についたのがあの話術なのでしょう。

それでも伝えきれない部分は大ぶりのリアクションやボディーランゲージで補う。そんな姿は他の同僚たちからも好意的に受け止められています。

あらゆる手を尽くして全力で話しかけてくるのが茜ちゃんのコミュニケーション。そりゃ話しかけられた方も嬉しくなっちゃうよな!

他方「じゃあ省略された部分ではなんて言いたかったのか」も、上述のとおり状況と文脈を追えばちゃんと見当つくのが輪を掛けてすごいところで、思いついてから発言するまでの間に単語が大幅に削られてしまっても本来言おうとしていたであろう発言それぞれの意図が損われていません。だからこそ実際には2段3段飛ばしくらいで言葉が返ってきていても相手は「ちょっと独特」くらいにしか感じないわけです。

この会話のインプット-アウトプット間の距離がもっと遙かに長いのが麗花さんなんですけど、彼女の域まで行ってしまうとさすがに会話前後の繋がりを察しきれる受け手がかなり限られるようになってしまい、とっさの発言の意図が相手に伝わらずコミュニケーションに苦慮する場面が散見されます。

茜ちゃんと麗花さんの相性が良いのは省略を多用する話者同士であり、麗花さんの超剛速球トークでも茜ちゃんなら見切って打ち返せるっていう部分も大きいんでしょう。

少しうがった見方をしてみると麗花さんが歩のことだけ”あゆあゆ”とあだ名で呼ぶのも、英語が全く話せないにも関わらず外国人に話しかけられて意思疎通が成立しないことが実はほとんどないカンの良さと面倒見の良さを併せ持つ歩が麗花さんにとって特別重要だからなのかもしれません。

最後に話が逸れてしまいましたが、まとめとしてミリオンライブのアイドルはこういう言葉遣い一つまで細かいキャラ造形が反映されていてびっくりするよねという点について共感していただければ幸いです。

Glow Map、灯し続けた光の果てに

THE IDOLM@STER M@STERS OF IDOL WORLD!!!!! 2023 DAY1、ミリオンライブ最初の1曲はGlow Mapでした。

THE IDOLM@STER ORCHESTRA CONCERT ~SYMPHONY OF FIVE STARS!!!!!~でオーケストラアレンジが披露されたのに続く抜擢、自分が愛して止まないこの曲が他ブランドのPたちも多く集う場でこうして何度も日の目を見る機会に恵まれたことに感謝しています。

いやほんと大好きなんですよGlow Map。
曲やMVの素晴らしさは当然なんですけど、この曲が歩んだ歴史と歌詞それにMV演出が、新型コロナウィルスに翻弄され打ちのめされながらもそれを克服していく人々や自分の営みと重なって見えてしまってね、あのイントロが流れ始める度に万感迫るものを感じざるを得ないんです。

本当はMOIW 2023終了直後に書きたかったんですけど、ちょうど10周年イベントでみんなが「Crossing!いいよね!」って言ってるところへぶつけるのも野暮だなってことで少し置いての公開。今日はGlow Mapのお話です。

ミリシタ3周年記念イベントのテーマ曲として発表されたGlow Map、この曲、そしてMVを初めて見たとき、自分の中で真っ先に湧き上がったのは”虚脱感”でした。

茜色に染まった空のローディング画面から始まり、まず現れるのが富士山を望む野外ステージ、夜のとばりがゆっくりと降りてゆく舞台を鮮やかに照らし出す専用衣装インフィニット・スカイ、そして夜空いっぱいに広がる特大の花火を背景にして終わる構成。

ミリシタでは初の試みとなる要素をふんだんに盛り込んだ演出は、2020年5月に富士の裾野で開催された7thライブ・THE IDOLM@STER MILLION LIVE! 7thLIVE Q@MP FLYER!!!で初披露された光景の完全再現になっていた・・・はずでした。

実際にMVが初めて披露されたのは2020年6月のオンライン生放送です。
世は既に緊急事態宣言にともなう外出制限のまっただ中。予定されていた7thライブ・Q@MP FLYER!!!はその他のあらゆる日常と同じように押し流されて中止となり、MVで広がる夕闇を衣装とペンライトがひしめくステージはもはや実感のない遠い夢の世界のもの。

いつ明けるともしれない暗く長い夜の始まりを誰もが感じていたなかでのリリースでした。

個人的な立場で言うと、自分も一応医療従事者なもんで緊急事態宣言発出と同時に日常生活が消し飛びました。「担当の茜ちゃんが投票企画で”主人公”の座を掴み取る」という一生に一度あるかないかの大舞台・クルリウタのイベントが始まった正にその瞬間に。

正確には初動24時間を走ったところで動員がかかったため、そこまでに稼いでたポイントだけで余裕のプラチナ称号ゲットまではしています。

副業先ではこんな状況になるまで考えもしなかったような業務も多々舞い込む日々。ただ、慣れてくるんですよね、割と。こうならなければ絶対に無かったであろうことにまで仕事として触れる機会も多く、誤解を恐れずに言えば楽しかったこともそれなりに多かったです。

虹色だけどテカテカしないクルリウタの称号も、眺めているうちに昔酔った自分が友人に向かって「俺はゴジラが襲ってきたとき、逃げる側ではなく向かっていく側の人間になりてえ!」と壮語していたのを思い出し、末端の端くれとはいえ、今の俺はそうなれたのか・・・な?まあいいや、そういうことにしておこう。と考えたら人を助けることに自分の全精力を傾けられた証としてむしろ誇らしいものになっていました。

7thライブがQ@MP FLYER!!! Reburnとして再始動すると告知されたのはそんな折、開催初日の2021年5月22日は奇しくも自分が1回目のコロナワクチン接種を受けることになった日の翌日でした。

今度はMVをライブで再現する形になったGlow Mapを生で見たい。しかし優先的にワクチンを用意してもらい接種を受けている立場である以上、現地に行くなんて選択肢はあり得ません。というか副反応とやらを考えたら家からも出ることすらままならないんじゃ・・・なんて心配をしていたところ、直前で決定されたオンライン配信決定の報。

あれはうれしかったですねえ。医療従事者のはしくれとして、同じ思いでライブを諦めかけていたであろう多くの同業Pに代わってここは声を大にして言いたい、あれは本当にうれしかった。

全て元通りとはいかずとも、出来る限りのことはしたい。取り戻せるものだけでも、一つずつでいいから取り戻したい。皆がそれぞれ与えられた立場で懸命に努力していました。

迎えたライブ当日。屋外ということで危ぶまれた天候も、Pたちの願いや呪いのてるてる坊主の力もあってかどうにかクリア。Glow Mapは最後から2番目の披露でした。

Glow Mapとは光り輝く地図。
その意味するところはステージから客席へ広がる光の奔流、それら一つ一つが意味と意思を持って繋がり育っていくことの素晴らしさです。



終わりの見えない夜の闇の中であっても、人は光を灯すことで希望を生み出し、営みはやがて美しく輝く無限の地図として結実してゆく。

Glow Mapは数奇な運命を辿りつつも、その歴史すら内包しより強く輝く力を持っている。いつかこの夜が明けた暁にはひとつの時代を乗り越えた象徴のような存在になってゆくだろう。後に幾度となく大舞台を飾ることになったこの曲の姿を見るに、そう考えたのは自分だけでは無かったのかもしれません。

2023年元旦、遂に39人のステージMVが実装されたGlow Map。

夕暮れから始まり夜へと繋がってゆくこの曲の最後に夜明けのカットが追加されました。

狭義では元旦に追加されたことに由来する初日の出。しかしこれは世界中の人々が灯し続けた光の先に、ずっと待ち続けた”新しい朝”でもあります。客席のコールが解禁され、MOIW 2023で披露されたGlow Mapが万雷の歓声に包まれたのはそれから間もなく後のこと、でした。

俺と茜と夏への扉

他人様がどういう経緯でその子の担当になったかって話を聞いていたら面白かったから俺も書いてみようかなと思いつつ、そのままぶん投げていたネタ。せっかくなのでうちのカワイイカワイイ担当の誕生日に合わせてどうにか書き上げました。

アイドルマスター自体にはXbox時代から触れていた筆者。
ただAS専属だった期間が随分長く、茜ちゃんの存在を認知したのは2016年のエイプリルフール。たまたまニュースサイトで話題になっていた”茜ちゃんメーカー”によってでした。

既にグリマス開始から3年以上経っていたにも関わらず、劇場組のアイドルは顔も名前もほとんど分からない有様だった筆者がそのとき初めて見た765プロのアイドル。襟足は外ハネ前髪ぱっつんでツリ目で左利き、何より元気で愛嬌抜群。

仮に自分がキャラクター考えろって言われてもここまで属性盛らねえよってくらいの対俺特効アイドルでした。にも関わらず第一印象は率直に言って「うーん・・・?」。

ちょっと自分の中で都合良すぎちゃったんですよね。
あまりに思い通りの子過ぎてリアリティが感じられなかったというか、そのあたりどうしても比較対象になってしまうASの子たちが当時でも既に10年近い付き合いになっていて、単なる”キャラクター”でなくなっていたぶん、本当に言い方が悪くて申し訳ないんですけど、奥行きが感じられなかったんです。面倒くさい奴だって思われるでしょう。俺だってそう思う。

ひとまず”茜ちゃんメーカー”のプレイ動画だけでも見てみるかと検索してみると

「イヤッホォーーーーーゥ!」
「!?」

予想していたよりヤバかった、BGMの時点で既に。現れたのは事務所で一人夜なべして人形を作り続ける茜ちゃんの後ろ姿。

えっ、さっきタイトル画面でノリノリで配ってたあの人形、1つ1つ本人の手作りだったんだ・・・なんで誰も手伝ってあげないの? 早速のギャップ。胸をぎゅっと掴まれました。さっき長々語った「俺はちょろくないぜ」みたいなキャラクター論は何だったのか。

振り向きもせず人形作りに没頭する彼女の姿にしばし見入っていたのもしかし束の間。人形作成は瞬く間に工場での大量生産から、火山噴火、エイリアンの惑星へと大規模化。

「イヤッホォーーーーーゥ!」
「!!!?????」

最終的にブラックホールから吹き出すようになりました。
あっ、これは原理分かるぞ。ブラックホールの質量を取り出して利用する、物質展開機とか縮退炉ってやつだ。

言っている間に茜ちゃん人形の数は10の80乗個を超え、エンディングへと突入します。

本当に縮退炉を使っていることになっていた設定にも驚き、そして全質量の7割が茜ちゃん人形に占められた宇宙が時空連続体ごと倒壊するという、今まで読んだどんなSFよりも壮大なオチに深く深く感心しながら爆笑したのでした。こんなに全力でふざけたアイマスがあったのか。

そして、ラストシーン。宇宙が崩壊するその瞬間

これは・・・告白シーンなんだよな?
世界が消滅する一瞬にだけ許されるアイドルとPという関係を超えた告白、そして別れの言葉。人類が知りうるなかで最大スケールの舞台の上で交わされる、もはや短編SFの傑作と言ってもいいラストシーン。野々原茜という存在が自分の中に刻み込まれた瞬間です。

こうしてAS専属Pとミリオンライブからやってきたアイドルの嵐のような束の間の邂逅は、エイプリルフール終了と共に過ぎ去りました。とにかくハチャメチャで、余韻と表現するにはあまりにも強烈な何か、しおりを挟まれた読みかけの本、あるいは世界を一度止めたセーブデータのようなものを残して。

その後筆者は早速ミリオンライブのアプリをインストールしてゲームを開始…とはいかず、相変わらずAS専属Pでした。個人的には3Dモデルのアイドルが歌って踊る姿こそがアイマス。それが無いのは半身がないようなもので、長く付き合えそうかと自問するとちょっと・・・ね。

一方でアイマス情報サイトで「頭おかしい」と話題になっていただれらじの声優3人がシンデレラだかミリオンだかも分からないまま聴き始めたり、ぬーと一緒にロック歌ってた稲川プロがミリオンの声優だったと後から知ったり、友人がやってるゲームを脇で眺めながら「この子ほんといい声だねー」と話していた種さんがミリオンの声優だったと後から知ったり、不思議と縁の深まりを感じる出来事が続きます。

伝え聞く話では例のあの子・茜ちゃんも相変わらずの調子で他人のカードの背景を走り回っているとのこと。…よくわかんないけど多分元気なんだろう。

自分がミリオンを知ってから1年が経とうかという頃、とうとうビッグニュースが飛び込んできました。「ミリオンライブが新作ゲームを出す、今度のゲームはリズムゲームでMVにも力を入れている」とのこと。

併せて公開されたSentimental VinusのMVを見たときの感想は「これほどのものがスマホで作れるのか」という驚きでした。

3Dモデルのクオリティの高さと同時に目を引いたのがアップやパンを多用するダイナミックなカメラワークで、これは今まで穴が空くほど見てきたコンシューマ機とは明らかに異なる方向性のもの。演出の狙いがスマホの小さな画面へ最適化であろうことは想像に難くなく、制作陣がこの作品に並々ならぬ期待と精力を傾けているのはすぐ分かりました。

で、かなり悩みました。
ASの出演は発表されているものの、ミリオンの子たちと比べてどのくらいの扱いになるかも分からない。人並みのリズム感など無い自分が人並みにリズムゲームを楽しめるかどうかも分からない。

振り返ってみればいずれも杞憂だったんですけど、当時のミリオンは自分からすれば名前くらいは知らないこともないってだけの、全く別の宇宙同然だったのです。

事前登録ボタンに手を伸ばすことすらためらっていたある日、ふと思い出して茜ちゃんメーカーのプレイ動画をもう一度探して視聴してみました。流れてきたのは相変わらず底抜けに明るい彼女の声、笑顔、そして忘れることのないあの印象的なエンディング。

…またどこかの宇宙で会えたら、茜ちゃん人形を作ってくれる?

…ん?

…またどこかの宇宙で会えたら、茜ちゃん人形を作ってくれる?

…また…どこかの宇宙で…また…どこかの宇宙で会えたら…茜ちゃん人形を…一緒に…?

こんな…こんな見事な伏線回収ってあるか?

見慣れた事務所、そしてまだ見慣れない弊社の社名入りの大きな劇場。

勢いで始めてはみたものの、携帯ゲームなんてアイモバiを除けばベルトコンベアで流れてくる刺身にひたすらタンポポを乗せるやつくらいしかやったことがなく、「…リセマラって何?」というところから調べるべきことが山積みです。

6Mライブはほとんどフルコンできる気がしないし、MMに至っては前奏終わらないうちに体力ゼロになっちゃったし、良く分かんないままやたらお詫びされてジュエルどんどん渡されるし、色々大丈夫なんかな…。

当てもなく歩いて行くとたどり着いたのは見覚えある景色。

ここは・・・埼玉県の飛び地・池袋だな。

腰掛けるなり飛びかかってきたのは聞き覚えのあるキンキラ声、振り返るとそこには・・・

あっ!おっ!そういえばあの子埼玉県民だったな。

考えてみたら実際に彼女の前に立つのはこれが初めてです。
あばばばばば、スカウトか、ここはスカウトの流れなのか?

ん・・・そっか。
どうやらこの子は本当に、俺が今まで考えていた以上に俺の思い描くとおりの子らしい。

誰に対しても暖かく接することができる太陽みたいな子、みんなを幸せにすることに一切の迷いなく全力が出せる子。そうやってみんなに愛を振りまくことで、みんなからの愛を、幸せを掴み取ることができる子。

野々原茜、まさに君こそが俺の求める才能を持った、正真正銘のアイドル!

名刺を・・・あ、盗られた。

時空を超えた俺と、そこに現れた明るく希望に溢れた夏が扉の向こうに待っていると信じて疑わない猫みたいなアイドルの卵。

早く扉を開けてくれとせがむかのように早く仕事をさせろと騒ぎ出す彼女の姿を見て、ふと随分昔に読んだSFの古典を思い出しました。作者はロバート・A・ハイライン、タイトルは”夏への扉”。

ハイラインは作品ごとに作風がガラッと変わることでも有名で”月は無慈悲な夜の女王”を読み終えた流れで”夏への扉”を読んだ当時の自分の感想は「主題がロマンチックすぎて性に合わねえ」だったのを良く覚えています。そんな作品と自分を重ね合わせる日が来るとは全く、夢にも思わなんだ。

原作をご存じない方のために念のため補足しておくと愛猫ピートが向こう側から扉をぶち破って迎えに来るみたいな筋書きの小説ではもちろんありません。

細かいことはいいんです。
あの騒々しい少女が手を掛けた扉、その向こうには確かに明るく暖かい光に満ちた”夏”がある。そう信じさせてくれた。


偶然副業が休日だったミリシタリリース当日、正午から始めたリセマラとやらを終え、このカードと共に自分がミリオンのPとしてスタートを切ったのはもう間もなく日付が変わろうかという頃でした。

…またどこかの宇宙で会えたら、茜ちゃん人形を作ってくれる?

あの時の彼女の言葉がまた1人の人生に幸せを運んできてくれた。ならば俺はその恩にプロデュースという形で応えよう。

ありがとう。これから、よろしく。

おっ、Pちゃんそれrelationsかい?いやー、懐かしいなあ!

昨日のrelations実装がtwitterでバズってテレビのニュースコーナーで紹介されてたらしいですね。

ただ、フェス開始直後の反応を見た感じでは喜んでいるPが多かった一方で古すぎて分かんないってPも多かった様子。

まあそらそうよな。
ニコニコ動画開設直後からXbox360版アイドルマスターが流行りだしてニコ動開けばアイマス動画が目に入るっていう時代の代表曲の1つだったのがrelations・・・ってくらい昔の話だもの。

フルバージョンが始めて収録されたアルバム”THE IDOLM@STER MASTERWORK 02”がリリースされたのが2007年。それから15年も経って再び話題になるみたいなリバイバル現象がミリシタやっているとちょいちょいあるのが実に愉快ですき。

せっかくなので今日はrelationsの小ネタ記事です。

○小ネタ1
美希の印象が強いこの曲、切り替えバージョンのデュオ相手が千早なのが意外に受け取られてましたけど、上述のアルバムで歌唱していたのが美希と千早でした。

「なるほどCDの音源か」と納得してしまうと厳密にはそれも違くて、今はどうなのかよく知らないんですけど少なくともMA3あたりまでのコロンビアレーベルのアイドルマスター楽曲はゲーム版とCD版を別々に収録しています。なのでミリシタに収録されているのはゲーム版音源の美希と千早を組み合わせたもののはずでCD音源ではありません。

運営ちゃんは初出のCDが美希・千早デュオだったのをちゃんと覚えていて、それを踏まえたゲーム版音源を組み合わせてきたわけですね。

○小ネタ2
ゲーム版のrelationsを聴き慣れたPが初めてフルバージョンを聴いたとき、歌い出しの歌詞が違っていてびっくりするのがあるあるネタです。ゲーム版の歌詞は2番なんです。

○小ネタ3
美奈子の口癖「わっほい」は、春香がrelationsを歌った際に口走った「うー!わっほい!」が(多分)源流。

「この曲にそんなセリフ言うとこあるか?」と思われるでしょうが、大昔のアイドルマスターはDLCで曲追加しようにも既存曲のストックがすぐ尽きてしまい、relationsをサンバアレンジしたものなど謎バージョンがぶっ込まれたりしていました。地方営業に行っても持ち歌が1曲しかなくて後は有名曲のカバーばっか歌うハメになるデビューしたてのアイドルみてえだな。

アレンジバージョンについても上述のとおりCD収録のフルバージョンは別録りとなっており、春香さんが「うー!わっほい!」と叫ぶシーンはゲーム版にはなくTHE IDOLM@STER MASTER LIVE 01 REM@STER-Aに収録されたrelations (REM@STER-A) 《サンバアレンジ》でのみ確認することができます。

○小ネタ4
読みはもちろん「リレーションズ」です。
おっさん古株Pたちがやたら「レ・ロマンス」と言うのはゲームをオンラインで実況配信するなんてことがまだ珍しかった時代に、実況者のはしりみたいなことをやっていた人がrelationsを読めず誤読したのが由来です。

ふと思い立って書きだしたら長くなってしまった。
ネタがちょっと受けるとその後の話がめちゃくちゃ長いっていう、おっさんそういうとこだぞ。