STARDOM ROAD THEATERがひとまず終わったのでネタバレ含む感想をすこし

まあ、色々意見があってそれももっともなんだけど、個人的にはあれで良かったんじゃないと思うスタローの話。

織姫が考えていることが分からない、共感できないという声をよく見かけます。
自分も織姫の行動に好感が持てるかというと決してそんなことはないんですけど、彼女を突き動かす原動力には心当たりがあります。自身の残り少ない命を燃やしてまで真珠星を思う織姫の感情、それは『母性』なのではないでしょうか。

少なからず狂気的であり、また思いの強さが子にとって時として呪いにも毒にもなりうる愛の形。副業の都合、「親っていうのは子のためにあそこまでのことをするものなんですね・・・」って会話を同僚と一度ならずしたことがあり、とかく子を思う母の力には驚かされる・・・なんていう個人的な経験もあって、織姫の言動を見て真っ先に連想したのが『母性』でした。

もう一つ自分に織姫=母というイメージを抱かせたのが『涙を知ること』ティザーMVを見てから第8幕本編コミュを見終わるまでの印象の変遷です。

歌詞に紡がれているのは親から子への、もし仮に命が尽きたとしても注がれ続ける無尽の愛。第7幕からの引きもあり、MVを最初に見た時はてっきり神宮寺から真珠星に向けた愛の歌なのかと思ったんですけど、ラストのソロパートは織姫・環の担当で歌い終わると同時にすっと後ろに下がっていくんですよね。

あれ何なんだろうと首を傾げた疑問が、コミュを読み進めるにつれまず振付の意味が分かり、そして「おいこれ真珠星に向かう矢印の出どころ全然違うとこからじゃねえか!」と驚くことになる。Clover’s Cryの逢路蘭に続いて環の演技に全てをひっくり返されるこの体験は痛快でした。


織姫が望んだからこそこの世に生を受けることが出来た真珠星。


真実を隠したまま共に成長していっても、織姫は「妹が欲しい」と言った幼い日の言葉を忘れることはありませんでした。


「お姉ちゃんだから」それだけの理由で妹に自らの持つ全てを「あげたい」と言い切る織姫の愛。実際の関係はどうあれ織姫にとって真珠星は最愛の「我が子」だった。そう考えると自分は彼女の行動は共感できるかどうかは別として理解は出来ちゃうんですよね・・・。

一方周囲の人々は何故織姫の狂気ともいえる計画に加担したのかというもう一つの疑問。
この答えになるのが先日のエントリーでも少し触れたこの言葉です。

第9幕でも繰り返し引用されたとおり、織姫のこの言葉がスタローの物語の出発点となりました。

「妹に大好きなもの全てをあげたい」。
これはもうすぐ命を燃やし終える少女の願いであると同時に、願われた人々自身が少女にとってかけがえのない「大好きなもの」だったという大いなる感謝の言葉でもあります。

願いを叶える方法は真珠星本人の気持ちすら無視した本当に突拍子も無いものでしたが、こんな殺し文句で迫られたら果たして頼みを断れることができるだろうか、少なくとも自分は割と真面目に考え込んでしまいました。あまりにも儚く切ない願いは物語の原点として、また全編を貫くテーマとして、十分な力を持ったフレーズだったように思います。

また物語の舞台が他ならぬアイドルの世界であったことも、スタローがミリシタの劇中劇である以上必然の選択だったのではないでしょうか。

1人の少女が生涯を捧げ、その命が尽きると悟ってからはあらゆる手を尽くして最愛の妹に譲り渡そうとした最高の宝物。

そんなの、アイドルの世界をおいて他に無いじゃないですか!

という理解のもと、スタローの舞台はスポーツの世界でも演劇の世界でもなく、敢えてアイドルたちが劇中劇の中でアイドルを演じる世界になったのだと思います。

なんか今回の記事も環のスクリーンショットばっかりになっちゃったけど、Pの間でよく可能性の塊と言われる彼女が逢路蘭や織姫といった底の見えないキャラを引き当てたときのハマりっぷりがヤバいのほんと大好きなんですよね。

織姫の行動に好感が持てないと言いつつ、やけに理解度ばかり高めてしまうのは環のステージに魅入られているからに他なりません。

ぶっちゃけ粗もあったけれど、個人的には演出重視のノリと勢いで押していく系の話が好きなもんで大変楽しませてもらいました。

仲間から仲間へと演じ継がれていくからこそ垣間見えるアイドルたちの舞台に賭ける情熱。

シナリオと見事に調和して世界観を彩るMV。

特に美也演じる三船なるをセンターに据えた『未完成のポラリス』は正に圧巻。悲痛な叫びのような歌唱から始まるMVは総毛立つ迫力でした。

課題も見えたものの、展開12年目を目前にしたミリオンライブが未だこれほどの新鮮な驚きと感動を生み出すことが出来るのかという喜びは新しい試みに挑戦したからこそ得られたものでしょう。ハッチポッチ2ではエイプリルフールなどと共に次なるシリーズの情報公開もあるかな? 次回も楽しみにしております。

ミリシタ版Kosmos, Cosmosのモーションは何故完全新規になったのか

先日のKosmos, Cosmosの記事の反響が大きくてびっくり。
自分以外にも思い入れのあるPって想像以上に多いみたいですね。

・・・なんていうのと新しいMVを見ていて語りたいところがまた出てきてしまったので、今日もさらにKosmos, Cosmosのお話。

去年はんげつ開催の時にも語ったとおり、自分のライブラリには落合祐里香(長谷優里奈)版”Kosmos, Cosmos”と浅倉杏美版”Kosmos, Cosmos”が併存し続けています。大きく印象の異なる2つの同じ曲、これをそのまま2つとも抱えていくのが自分の中での交代劇の総括・・・と書いたんですけど、あの顛末にはひとつ取り残されてしまったもやもやがありました。それはアイマス2から使用されているゲーム版Kosmos, Cosmosの音源、今回ミリシタに実装されたあの音源です。

当時はゆりしー歌唱だったこの曲を初めて聴いた筆者は、絶対零度の真空が見せる息が詰まるような透明感に一瞬で魅入られ、そのまま引き込まれるように765プロの門を叩いています。なんかセイレーンみたいな話ですね。 曲もさることながらゲームMVの振付・表情も歌声とガッチリ噛み合っていて、3Dモデルでこれほどのものが作れるようになったかという衝撃は今でもよく記憶しています。

あまりにも完成されたMV、だからこそあずみん版のKosmos, Cosmosは苦労しました。ALIGHT*の明るい歌唱は当初から多くのPに賞賛された一方、アイマス2に実装されたKosmos, Cosmosの歌唱は声がちょっと明るすぎるという声があり、自分も同じ感想を抱いていたのが正直なところ。

先代の歌唱が振付と噛み合いすぎていた故のイメージの食い違い。
その後MA3に収録されたあずみん歌唱のM@STER VERSIONはやや方向性が変わって透明感が強調されるミックスとなり、こちらがあずみん版の決定版みたいな扱いとなりました。かなりの時間を掛けたイメージのすりあわせはこれでひとまず決着・・・とおおまかには捉えられている雰囲気なんですけど、最初に世に出たゲーム版は取り残されちゃったんですよね。

そんな昔のことを思い出しながら迎えたミリシタ版MV先行公開の日、Kosmos, Cosmosには再びこのゲーム版が使われていました。まあ、なんかゲーム版が曰く付きみたいな話し方になっちゃったんで軌道修正しますと、コンシューマ版はアイマス2以降一貫してこのバージョンの音源が使われてるんでミリシタにこの音源が来たのは通常の流れです。

ただ普通じゃなかったのは・・・

モーションが全部作り直されている。

「Kosmos, Cosmosと言えばこれ」という振付は大体そのまま残されていて、パッと見では目立たないようにしつつリズムを取る動きひとつとっても横の動きが大きくなっていたりと、モーションデータを流用せず1から作り直しているのが明らかです。

で、自分は考え込みました。
何も理由が無ければ1から全て作り直すなんてことはまずしないはず。しかもどうせならもっと大掛かりに振付をいじってしまってもよさそうなところを、何故こんな手間を掛けて「そっと」直したのか。何故?

答えが出ないまま数日が過ぎ、ミリシタには新しいKosmos, Cosmosが実装されました。
通しで見た最初の感想は・・・あれ?なんか”明るすぎる”感じ、無いな。全体の印象がかなり変わっている気がする。

どう変わったか一言で言うと

すごく、明るくなりましたよね。

もう大体話が見えてきたでしょうか。
要は2011年にアイマス2でやったのと逆のことを2025年のミリシタはやったんです。
歌だけ差し替えたら「声が明るすぎる」と言われたアイマス2の答えに、ミリシタはモーションだけ差し替えるという奇手を打ってきました。

普通なら「今ならMA3の音源もあるんだし、あれ編集して持ってくればいいんじゃね?」と思うかもしれません。一方でゲーム版音源はあずみんこと浅倉杏美さんがアイマスに加入してから初めてレコーディングした曲という思い入れの深いものであり、ついでに付け加えるなら自分みたいなめんどくさいおっさんが「あの音源だけなんか救われてない」とその扱いにもやもやし続けていたものでもあります。

一連の問題を一発で解決する策、それが音源をそのままに振付と表情の方を全て作り直して雰囲気を調和させるという大どんでん返しだったのではないでしょうか。

いや、思いついてもやるか? これ、14年も前の話だぞ?

音楽ライブラリに並んだ2つのM@STER VERSIONが自分の気持ちを纏め上げてくれたのも今となってはもう随分前の話。これで十分満足だよと半分忘れかけていた残されたもやもやを動画ライブラリに並んだ2つのMVが今度こそ本当の意味で総括してくれました。

MV差し替えの理由についてこの結論に至ってからひとしきり勝手に感謝と感動の涙を流し続けていたんですが、少し落ち着きを取り戻した今になってやや怖くなってきました。なんなんだこの愛と執念は。あいつか?あいつがやったのか?

・・・まあ、うん、あまり余計なところまでは深く考えないようにしよう・・・。

未だに偶に見返すことがあるゆりしー歌唱L4U版のKosmos, Cosmos。

その隣にあずみん歌唱ミリシタ版のKosmos, Cosmosが並んだ日。

ついに全てが過去になってしまうことに寂しさもあるけれど、本当に、本当によくやってくれた。自分の中の交代劇はようやくこれで全て気持ちの整理が出来ました。

アイドルマスターの歴史がまた1ページ。
・・・しかしこのページ、実際にめくる日が来るとはね・・・マジで驚いたわ・・・。

Kosmos, Cosmos昔話

前回「いやでももしかしたら無料10連でNext LifeのSFY SSR当たるかもしれんやん?」的なこと言った後で、ネタじゃなく本当の話なんですけど

ええっ!!?

・・・マジで? いやこれRebellionの響じゃん!
早坂さん!限りなく惜しいよ!まあマスピは有り難くもらっておきますけれども!

カットインで新しい表情云々っていうからSHSが来ると思ったら恒常、こういうこともあんのねえ・・・。

さてちょっと前の話、年越し配信で発表になった雪歩のKosmos, Cosmos。

よほどの番狂わせがな来ればこれが11日から始まるSFY&コミュ連動SSRになるはず。

先日の響のメインコミュではNext Lifeが39プロジェクトが始まる前にリリースされた曲という扱いになっていたりしたため、もっと古い曲、なんなら自分が765プロに入るきっかけになった特に思い入れの強い曲・Kosmos, Cosmosはどうなるんだろうというのが個人的に興味深いところです。

まあほぼ同時期に実装のSMOKY THRILL&竜宮小町が新曲&新ユニット設定だったりするんで、あまり関係ないような気もしますけど・・・。

以下余談(余談の方が長くなるパターン)。

今回のMV、モーションや表情が完全新規になってますね。振りが違うところもありますし、同じ振りでも膝の曲げ方なんかが全然違います。見た瞬間に「あっこれ新モーションだ」って分かる自分が怖いし、ここまで覚えてるんなら旧版の方ならもしかして踊れるんじゃないか?ってやってみてやっぱりダメだったわってなってる今の自分が輪を掛けて怖い。

一方歌声も聞き馴染みのあるMASTER ARTIST 3収録版とは全然違ってるんで「新録か!?」と慌ててる方もいた様子。しかし当時のAS音源は本曲に限らずゲーム版とM@STER Versionが別収録だった都合で、ゲーム版は昔っからこの音源です。特にMA3は両者の差異がでかい曲が多くて真美の放課後ジャンプなんかもうすごいことになってんのよね。

とはいえKosmos, Cosmosが特殊な来歴の曲なのは間違いなく、ゲーム版は2011年発売のIDOLM@STER2で浅倉杏美版が世に出たんですけど、浅倉杏美版M@STER Versionはなかなかリリースされなくて2015年発売のMA3でようやくPたちの手元に届いたという流れになっています。

同じ浅倉杏美版でもALRIGHT*は2011年のアニマスでいきなり新録音源が来て「おお!」って言ってるうちに、じきANIMATION M@STERシリーズにフルが収録されたりしたため、全然出てくる気配が無いKosmos, Cosmosの浅倉版M@STER Versionはもう世に出ることは無いんじゃないかなんて一部では言われたりしていました。

なんかそんな感じの流れだったんでゲーム版とフル版を収録した時期がかなり離れていて、全然違った歌唱に聞こえるのはそのあたりの事情もある・・・っていう話だった・・・ような。一番肝心なところの記憶があいまいという、どうにも締まらない話で申し訳ありません。

余談の余談、CDとゲームで収録時期がえらい空いた曲は逆パターンの話もあって、例えば2010年CDリリースの曲DREAMは2014年にOFAへDLC実装される際にゲーム版を新録しています。

こっちの話は2010年に響のMA2でフル版を録っているぬーがOFA実装当時力を込めて「新録ですよ!」って言ってたのをよく覚えてるから間違いない。

昔はラジオなんかで「フル版希望です!」っていうメールが来ると「いや、フル版録ってないんですよね・・・」みたいなやりとりがちょいちょいあった記憶。翻ってミリシタというかランティスは初めから個別にフル版録って必要に応じて複数人組み合わせたり、ショート版を切り出す形になってますよね。で、たまにソロリミックスが出るっていう。

最近のコロンビアレーベル曲はどうなんだろうとスターリットシーズンの曲を何曲か聴いてみたんですけど、うーん、ちょっと聴いたくらいじゃよく分かりませんでした。とりあえずミリシタのNext Lifeなんかは新録ではなく既存の音源を使っているように聴こえます。全曲全員歌い分けが大前提じゃなくなって久しいですし、今はもうわざわざゲーム版別録することもなくなったんですかね。

杏奈ちゃんと響ねーねー

今さら気づいたんですけど、うちのサイト正月の間じゅうトップに「忍殺」って画像がでかでかと表示される状態になってたんですね・・・。一応アイドルのゲームのファンサイトなんだけどな・・・これが正月で良いのか? 俺には分からない(ミリシタの方を見ながら)。

さて今回のセレチケは予告どおりNext Life・響のSFY SSRを選ぶ予定なんですが、今のガシャにあと数回無料10連が残っています。もしかしたら万が一、無料10連ですり抜けで引き当てちゃう可能性も・・・全くのゼロじゃないわけじゃん?とギリギリまで耐える所存。

まあどうせ当たるわけはないんですけど、うん、でも一応耐えろ・・・ああー!つらい!ここはせめてNext Lifeのメインコミュ・第148話を見返そう!

・・・という流れでコミュを見返していて思ったこと

そういえば杏奈ちゃん、いま響のこと「響ねーねー」って呼んだよね? なんかその言い方、呼び慣れてる感あるよね?

杏奈ちゃんがアイドル仲間のことをあだ名で呼ぶこと自体かなりのレアケース。

同じコミュ中でもここ以外では基本的に「響さん」呼びになっています。

何故杏奈ちゃんが響を「響ねーねー」と呼ぶのかというと

PRETTY DREAMERイベントで響が初めてミリオンスターズとユニットを組んだ際にそういうやりとりがあったから・・・って、もう6年も前の設定ちゃんと残ってるんかい! 恐らく人に甘えるのが下手であろう杏奈ちゃんにとって、「響ねーねー」は公私ともに頼れる先輩・響に甘えるための足掛かりとして有効に使われ続けていたようです。

今回のコミュだけ見ると少し珍しい組み合わせに感じた響と杏奈のペア。しかしこのあたりの事情を踏まえつつ第148話を見返すと理解度が抜群に上がります。

自分を置き去りにしたまま進む話に割り込もうとして、思わずオフ状態のまま大きな声を上げる杏奈ちゃん。


響が移籍の話を切り出すと勘違いして普段聞いたことのないような焦った声を出す杏奈ちゃん。

おお・・・作中で書かれることあまりなかったけど、杏奈ちゃんにとっての響ってなんか思ってたよりかなり存在感でかいな!?

ゴタゴタが一段落した後のやりとり

響と自分しか知らない事情を踏まえ、先輩と他の皆との間に入ってフォローする杏奈ちゃん。

そして響と皆の気持ちを確認したうえで響に「大好き」と告げる時は

「響ねーねー」呼びなんですよねえ!ああー、マジかー!

初見時はそういえば前にねーねーがどうとかの話題あったなあと思い出しつつ「アラカワイイワネー!」で流してしまった「響ねーねー」でしたが、これ、今後かなり期待できる展開になる気がしてきました。

「響ねーねー」次回の登場を心して待ちたいと思います。

TV版ミリアニ完結1周年記念・最終回で未来ちゃんが飛び出していったことに意味はあったのか

祝・TV放送版ミリアニ完結1周年!用に用意していたネタ。
えええ!?アマプラの無料視聴終わっちゃうの!!?ということで少し前倒しで公開します。うちなんか見に来るほど濃いPの皆さまなら大概Blu-ray持ってそうな気もしますが。

ミリアニ最終回のトラブルのとき、未来ちゃんが飛び出していったのって特に何の役にも立ってなかったよねという指摘を見て「うーん・・・まあ・・・確かに?」となっていた話。

このあいだ自分のエントリーを見直していてふとあることに気づきまして

”問題に気づけてもどうすればいいか分からないときは動きが取れなくなってしまう”、これが未来の特性・・・と書いたことがありました。

一方、最終回の未来。
トラブルに直面し皆が動けなくなってしまうなか楽屋を飛び出してゆきます。翼に「何するつもり?」と聞かれ叫んだ答えが

「わかんない!」
・・・あ、ミリアニ内でめちゃくちゃ成長してたのね、この子。

まあ最初の指摘のとおり、彼女が飛び出したことが事態解決に何か寄与したかというと全くそんなことはないんですけど

舞台袖までやってきた未来は劇場にいるあらゆる人々がステージを繋ごうとする姿を目にします。

今日のステージを作り上げているのは自分たちやスタッフだけではない、声援やペンライトの光やハンドクラップ、観客席の人々の想いもまたアイドルのステージを作り上げるかけがえのない原動力になっている。

百合子や春香が熱く語っていたアイドルのステージに欠かすことの出来ないもう一つの力。未来はAS函館公演でバックダンサーとして一度正面から浴びているんですが、あの時彼女がそれを実感する余裕があったのはステージから最初に飛び出した瞬間のみで、後は無我夢中で与えられた役割をこなすのが精一杯でした。

光と音が消えたステージの影で未来が目の当たりにしたのは、アイドルである自分が本来立ち止まって見ることが出来ないはずの光景。

やってみると何かが伝わることもあるのかもしれません


やってみて、やっちゃってから初めて分かることもあっていいと思う

そして

このときはまだ思いもしなかったんだ
その先に見たことのない光が
自分らしい夢が
その向こう側にある輝きが
私たちを待っているなんて

作中で繰り返し語られる「ファン、プロデューサー、アイドル本人たち、彼ら誰しもの想像を遙かに超えた形で現れる”アイドルの力”」。

眼前に広がる光の海もまた”アイドルの力”が生み出した予想だにしない奇跡だったのです。

続くシーン、REFRAIN RELA@TIONの間奏。垣間見た光景を基に未来は”ありがとう! 私たちの初めてを見に来てくれて、手拍子で待っててくれて、一緒にバトンを繋いでくれて”という感謝の言葉を紡ぎました。

この場面で何を話すかは公演前にかなり原稿を練っていたっぽいんですが、結局ほぼ全ての内容をアドリブで変えちゃったんだろうなあというのは内容を聞けば一目瞭然。

ありのままの言動に人を動かす強い力がある未来。クライマックスでの挨拶の内容はその真骨頂とも言えるもので、今この場で思いついたんだなというフレーズが分かりやすく挟まれることで、物語当初から放ち続けられていた彼女の輝きは頂点に達します。

飛び出していったことは機材トラブルの解決の手助けにはなりませんでしたが、シナリオとして意味があったかで言えば意味はあったんです。とてつもなく。

今までにも何度も繰り返してきたとおり、、いくら脚本が素晴らしくとも、その先で描かれるシーンに相応の説得力が無ければ全体の完成度は片手落ちになってしまいます。しかしミリアニで描かれたアイドルのステージの迫力は掛け値無しに、想像を遙かに超えるものでした。

毎回絶賛で締めるのはどうなんだと自分でも都度思うのだけれど、これが仮にアイドルマスターのアニメでなくても自分の感想は変わらなかったでしょう。本当にとんでもないものを作ってくれた、ただただ、それだけ。

TV放送版ミリアニ完結1周年、おめでとうございます。